15:24

紫陽花を見ると先輩を思い出してしまう程に重症。悔しい。思い出だから、美しいのは分かりきった事だが、多分思い出として引きずる事が目にみえている。終わった事だと、思えば思うたびに見える様な遣る瀬ない感覚は何時迄も私をむしばみ続けている。どんなに上書きしてやろうと企んでも結局、先輩の事を考えてしまう自分に何とも言えない気持ちになった。インスタグラムを時偶、見ると前より苦しくなさそうで、寧ろ誰か分からないけれど仲の良い人が出来たみたいでよかった、という気持ちと自己嫌悪が来て何様やねん、と思う。好きな人は、幸せに生きてほしい。これは変わらない。苦しそうにしている所は見たくない。見なければいいものを目にして苦しんで馬鹿だなぁ、と思いつつもうこれで4年よ、と俯瞰している自分もいる。馬鹿だなぁ。おわらせる為の恋愛なんて全く意味が無いことに気がついてから、もう時間だけが頼りだっていうのにあんまりだわ。

夢日記

久しぶりに夢を見た

というよりかは、久しぶりに記憶している。

印象に強いのは、知らない土地で一人暮らしをしていて階段をあがってくる男性(隣人だと知っていた(現実の私は知らない人))が突然に、ポケモンGOやってます?と聞いてきて、近所でめちゃくちゃ はやっていますよね、と回答すると、持ってきます、と言われ焦る私。夢の中で携帯を起動させると、何故か持っていない筈のポケモンGOが入っていて、更に現実とシステムが違って更に混乱したところに彼が出て来て、交換と言う名の10匹あげる事になった。何故か気を使ってくれて、イーブイフリーザーは手持ちに残してくれた。ベトベトンとか、ハピナスは彼にあげた。すると、どこからともなくお菓子を私にくれて、私も何故か強くなる為には近くのマクドが最近改装されたらしいから、行くといいかも、なんて全然知識ない筈の近所をお勧めしていた。そこで、母が帰ってくるのでじゃ、と別れられ、別れ際、何歳?と私が聞くと6年生、大学の、と答えられた。私は凄まじく興味なさげに、そう、と言っていた気がする。

場面転換があり、緑が豊かな住宅街を抜け、繁盛する駅近くに謎に賑わいをみせるケーキ屋さん、今のタピオカブームみたいに行列が小さなお店に出来ていた。隣にもシュークリーム屋さんがあってそちらで購入しようと思ったが、そう思った途端隣の繁盛していた筈のお店から人がいなくなっており、結局そっちで購入した。ここまでは普通(?)だったが、何を思ったか店内に風呂があり、そこで風呂を何か科学薬品で青くして着衣のまま、はいった。そのところでシュークリームを渡してもらい、最後付近まで食べていたが、店に人が入ってきて、私は食べかけのシュークリームを手にその場を離れた。住宅街を歩きながら食べおわると、何故か100均にたどりつき、中に入ろうか迷っていた。明らかに店終いの途中で向かいには、大型スーパーが出来ていた。女性達が100均近くでかわないと損、安すぎ、とか話ていたので店内に入ってしばらくした後、家に戻ろうと帰路を歩いている途中で目覚めた。

風呂を青くしている途中、自分がフリルのついた派手な服を着ていた様に思う。他のシーンはいたって、カジュアルな服装だった様な気がするがそこだけ、魔法少女やロリータファッション、そんな感じの全身白だった。

用意したのは真っ青な風呂。色のコントラストが綺麗だった。

2:30

私の美学は死と共にある

そう勝手に思う。病んでいる訳ではなく、価値観の話だ。昔から、唯一無二の友人と死について話をする。根底に流れる思考回路は変化することなく、ただ一向に同じ向きへと進行していっている。美しい物は、死が近い。例えば、細く華奢な女性。努力で食欲を抑え健康体重を遥かに下まわる体重でひらり、と風にさらわれそうな見た目は美しい。花。朽ちる時、花弁をまき散らす姿、妖艶で魅力を感じる。可憐な花もいつかは枯れる。硝子はもろく壊れやすい。割れてしまえば、物としての存在意義が消えて死が訪れる。これも崩壊があるからこそ、美しい。そう考えれば、昔から桜が愛でられてきた事は容易に共感できる事である、と思う。

(追記)2:41

煙草なんて、緩やかに死に向かう道具で最高だなぁ、なんて考えた。半年前は表現方法としては好きであったものの否定しかしていなかったが、観点を変えればまた見えてくる世界もかわるものだと実感した。

11:07

奇しくも、可愛いと思ったモデルさんの名前がクロエちゃんだった。ドイツ人で、韓国で活動しているそうだ。

去年の6/4は猫さんの名前で綺麗だと思ってブログもこの名前に決定したのだが、面白い巡り合わせだ。

15:11

過去のブログを見返して自分のはずで確かに抱いた感情もブログで思い出した。案外、忘れるものね。

部屋が6月始まったばかりだと言うのに、うだつがあがらない暑さでアイスでなくても溶けていまいそうなやる気の出ない午後、部屋に寝そべり長方形を眺めては睡眠欲との格闘を繰り広げている。

私は、何が好きなのか、とか他愛もない事ばかり頭で考え答えをださずに次を考え生産性がまるでない。唯一点、一年前より、言葉が出てくるようになった事。これだけは自分の誉められる所だと思う。中学時代に面白い人達を見つけ、それ以来その人達ばかり見てしまったら面白さと引き換えに語彙力を失い、自分でも結構焦りに感じていた部分だったため多少の回復で心の安寧をとりもどせてよかった。それだけ。

14:46

そういえば、ではじまる文章がこれまでに多かった様に思う。

ここにかくときの決まり文句みたいな。

去年の今日このブログを始めた。多分。好きな人の猫さんがネットで写真付きでアップされたのを見て何故かいいタイミングと思いブログを開始した。約1年。去年は思いつめる事が多かった。沢山の人と関わりを持って前に出た。いい経験だったと思う。今年は隠居して、気が随分楽だ。つい先日、サークルのOBの人に誘われ遊んできた。びっくりドンキーで食したハンバーグは、これで3回目。人と食べるからおいしいのだろうと、密かに考えていた。同級生の友人もいて、メンバーは最良と思われる人だった。久しぶりに、とはいっても数ヶ月ぶりだが、なんとなく久しぶりに再会するからこそ楽しいのだという気もした。やはり毎日は難易度が高い。あまり人と会うことない生活を送っていたおかげで、偶にならいいなぁと全身筋肉痛に次の日なるぐらいの勢いで遊びたおした。楽したった。

その時、ツイッターもうやらないの、と聞かれてid忘れたのだと答えたら探してくれたので一瞬だけ再開したが、本来しらない話を家にいるのに知るのはな、と今朝またログアウトしてしまった。実際、忘れていなかったが余りの情報量とわずらわしさでidを忘れたフリを始めてから本当に忘れてしまって、つい言われるまで忘れていたぐらいだったのだから、本当に気が向いたら一言呟く程度でいい気がする。

ストレスが溜りに溜っていた去年を思い出す様な後輩達のツイート群は、手を差し出してしまいそうになるが、これをやると自分の気分が引きずりこまれてしまうのと、少し距離をとろうとやってきた事が無駄になってしまうのでぐっとこらえ見逃した。余りに大変そうな時、が多分いまなのかもしれないが静かに見守ろうと思う。